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第四幕 夏色メモリー

last update Date de publication: 2026-02-13 06:00:34

 周りの目を気にせず、全部忘れてはしゃいでいた——あの夏。

 夏休み真っ只中、初デートの熱はまだ冷めていない。思い出すと、顔が熱くなる。

(次会った時、どんな顔をすれば……)

 そんな中、まもるからLINEが来たのは、夏祭りの数日後だった。

『海、行くぞ!』

 守の行動力には、いつも驚かされる。集合場所に集まったのは六人。

 男子は僕、守、黒崎くろさきくん。

 女子は沙友里さゆり神楽麻衣かぐらまいさん、高瀬梢たかせこずえさん。

 沙友里とのデートもそうだが、クラスの女の子と出かけるのも初めてだった。

直哉なおや! 早くいこー」

 沙友里が声を上げている。いつも通りの様子で、僕は胸を撫で下ろす。

「焼けるから嫌だって言ったんだけど……」

 神楽かぐらさんは渋い顔をしている。

「でも、ちゃんと来てくれるよね」

こずえも行くなら、しょうがないでしょ」

 高瀬たかせさんが柔らかく微笑み、神楽さんの耳が少しだけ赤くなった。

相沢あいざわ、誘ってくれてありがとう」

「お前がいないと始まらねぇだろ」

 守も黒崎くんも教室とは違い、どこか浮かれているように見える。

「直哉、感謝しろよ。みんなを誘うの、大変だったんだぜ」

「うん、ありがとう。けど、守はすごいね」

「なにが?」

「あの神楽さんまで、呼べるなんて」

 僕が沙友里の彼氏でなければ、話すこともないような高嶺の花。美人揃いのダンス部の中でもトップの人気を誇っている。

「あぁ……まぁな」

 僕がここにいていいのかと思うほど、すごいメンバーが集まっていた。

 海まで電車で一時間ほど。電車の中では、男女に分かれて座っている。

 まだ少し距離感のあるグループ。だけど、守も黒崎くんも上手く距離を詰める。

(すごいな、二人とも)

 僕は同じ場所で、同じ空気に触れているのが心地よかった。

「よっしゃー、来たぜ、海!」

「相沢、落ち着けよ」

「結構、人がいるね」

 今日は絶好の海日和。準備に時間のかかる女性陣より先に、僕たちは砂浜に出た。

 暑い日差しが気持ちいい。海の家からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。

「みんな、お待たせー」

 沙友里の声に僕たちは振り向く。

 その瞬間、僕の時間が止まった——

——なんか、すごい。

(語彙力が、死んだ……)

 沙友里はスカートの付いたピンクのビキニ。高瀬さんは同じようなデザインのグリーンで、神楽さんはシンプルな黒のビキニだった。

「おーみんな、すげぇ可愛いな」

 守が三人に向けて、親指を立てる。

「えへへ、ありがと」

「梢、こいつから離れて」

「何だよ、麻衣。俺はバイ菌かなんかか?」

 神楽さんが、勢いよく顔を背ける。その耳は、再び赤くなっていた。

「けど、ホントにみんな可愛いよ」

「ありがと、黒崎くん!」

「……いや、俺も同じこと言ったけど」

 みんなが騒いでる中、沙友里が隣で肘をつつく。

「直哉」

「……はい」

「感想は?」

「……可愛い」

「聞こえなーい」

「め、めちゃくちゃ可愛い!」

「やった」

 小さくガッツポーズする沙友里が、眩しくて直視できない。いつまでも心臓の鼓動がおさまってくれなかった。

 急に守に腕を掴まれ、黒崎くんと三人で頭を寄せる。

「……直哉、黒崎。俺に言うことない?」

 僕と黒崎くんは目を合わせた。

「相沢、ありがとう!」

「ありがとう!」

「うむっ! お前ら、後で奢れよ」

 僕たちは、いい笑顔で頷いた。

「男子だけで、何してんの?」

「何でもない。よし、梢っち、海まで競走だ!」

「いいよー」

「俺について来い」

「あはは、待ってー」

 守と高瀬さんが、海に向かって走っていく。

「梢、危ないよー」

「神楽さんも気をつけて」

 高瀬さんを心配する神楽さんを、黒崎くんが追いかける。

「ふふっ、何あれ」

「ホントだよ」

 ふと、沙友里と目が合った。花火の時を思い出す。

 あの時とは髪型も、身につけているものも違う。だけど、変わらないものもある。

(色んな沙友里を、知りたいな……)

 僕は、沙友里の手を取った。

「僕たちも行こう」

「うんっ!」

 手を繋いだまま、僕たちは駆け出した。

 海は最初だけひんやりとしたが、すぐ適温になる。僕たちは泳いだり、浮き輪に乗って、この瞬間を楽しんだ。

 ビーチバレーでは神楽さんが大活躍し、守はいつの間にか、他の女子グループと仲良くなっていた。そのせいだと思うが、ものすごく冷たい言葉を、神楽さんに浴びせられていた。

 広い海。

 気のいい友達。

 可愛い彼女。

 みんなと笑い合える、こんな日が来るとは思ってなかった。

 正午を過ぎ、海の家でひと時の休息の時。

「ねぇ、桐谷きりたにくん」

 突然、神楽さんに見つめられて、僕の背筋が伸びた。

「な、なに? 神楽さん」

「沙友里のどこを好きになったの?」

「うぐっ!」

 僕は食べていた焼きそばを、吹き出しそうになった。

「ち、ちょっと、麻衣!」

「えー、私も聞きたい」

「梢まで……」

 ひとまず水を飲んで、焼きそばを流し込む。

「沙友里はね、部活中に桐谷くんの話をよくしてるから」

「麻衣……!」

「直哉もさゆりんの話ばっかだぜ」

 今度は水を吐き出しそうになった。

「俺も聞きたいな、桐谷から」

「黒崎くん……」

 沙友里以外の全員が、僕を見ていた。その目はキラキラと輝いている。

 逃げられない。僕は一度、大きく息を吸った。

「最初は……手だよ」

「えっ」

「手? 顔じゃねぇの?」

「あんたと一緒にしないで」

 なぜか、沙友里が一番驚いた表情をしていた。

「すごく……綺麗な手をしてたから……」

 自分の中にある、沙友里の最初の記憶。思えば、そこから始まっていた。

(あれ? これじゃあ答えになってないぞ……)

 僕は慌てて口を開く。

「あ、もちろん笑顔も大好きだし、優しいし、一緒にいると落ち着くし——」

「な、直哉……もう、その辺で……」

「えっ?」

 沙友里に止められて、周りを見る。みんな、ニヤニヤしながら僕を見てた。

「きゅぅ……」

 沙友里が、奇妙な声を出して下を向いた。耳まで真っ赤に染まっている。

「桐谷くん」

 神楽さんが、残酷な笑みを浮かべている。

「全部、聞かせてもらうから」

 外の日差しなんか問題にならないくらい、僕の全てが火照った。

 海の家で最大限に発熱した僕は、海に浸かり熱を下げようと努力していた。

「あれ? 梢はどこ?」

 神楽さんが、あたりを見回す。確かに、高瀬さんの姿だけ見えない。

「梢っちーー!」

「高瀬さーん」

「はーい」

 力が抜けるような声がした。しかし、声が遠い。

「あ、あそこ!」

 沙友里が指さした沖に、ポツンと浮き輪で漂っている高瀬さんが見えた。

「また、あの子はー」

 神楽さんがため息をつく。

「梢っち、何してんの?」

「さぁ、私にも分からないわ」

「とりあえず、岸に戻ってもらおう」

 そろそろ陽も落ち始めている。少し肌寒くもなってきた。

「こずえー!」

「はーい」

「戻ってきてー」

「やだー」

 神楽さんが額に手を当てた。

「もうっ、どうしてよ?」

「うーん。じゃあ、僕が直接聞いてくるよ」

「……いいの?」

「任せて」

 黒崎くんが、クロールで高瀬さんに近づいていく。そして、高瀬さんを捕まえた。

「さすが黒崎! これで一安心だな」

「そうね……けど、梢どうしたのかしら」

 結局、黒崎くんが浮き輪を引っ張って、僕たちの元まで戻ってきた。

「こら、梢。みんな心配したんだからね」

「ごめんなさい」

 素直に頭を下げる高瀬さんに、神楽さんはそれ以上何も言えなくなった。代わりに沙友里が、その先を引き受ける。

「けど、急にどうしたの?」

「だって……」

 高瀬さんは下を向いた。まるで、親に叱られている子どものように。

「教えて、梢」

「……みんなと、一緒にいたい」

「えっ」

「まだ——帰りたくないの」

 それぞれの足元に、波が打ち寄せる。優しく熱を攫ってくれる。

「まぁ、それは俺たちもそうだけどよ……なぁ、麻衣」

「なんで私に振るのよ……ま、まぁ、そうね」

 僕は無意識のうちに、頬が綻んでいた。

 この場所が、好きだと思った。

 だけど——終わりの時間はやってくる。だとしても、次に繋がればいいと……

「あ、じゃあ、うちのホテルに泊まる?」

 黒崎くんが、コンビニに行くような気楽さで言った。

「「……え?」」

 みんなの声が重なった。僕は話の展開について行けていない。

「今、ホテルって言ったか?」

 さすがの守も、立ち尽くしている。

「よし! そうしよう」

 高瀬さんだけが、前向きに返答した。残った僕たちは、顔を見合わせる。

 少し高い波が、僕たちの膝まで濡らした。

 この夏は——まだ、僕たちを繋いでくれている。

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  • 手を繋ぐことができなくなっても ——アイドルになった君へ——   第十一幕 夢の始まり

     夢を見ているのは、彼女だけじゃなかった—— 冬休みが明けて、始業式の日。僕たちは数日ぶりに顔を合わせた。 教室では休みの間の話題で賑わっていた。誰と誰が初詣に行ったか、お年玉がいくらだったか。普段通りの空気だった。 ただ、沙友里と神楽さんだけは少し違う。二人で向かい合っているが、何も話さない。時々窓の外を見ていた。(今日が、発表だ……) 僕も、同じように落ち着かない日だった。 始業式が終わり、今日はこれだけで終了で帰宅になる。 帰りのホームルームで、担任がプリントを配り終えた後、付け加えるように言った。「ダンス部員は、放課後レッスン場へ集合してください」 教室がざわついた。「本日、オーディション結果の発表がありますが、見学は自由とのことです。興味のある人は、見に行ってもいいですよ」

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